それは、母と子の姿だった。

「真琴? 入るわよ」
 軽いノックの後、そう声をかけてから秋子は部屋に入った。
そこは祐一の部屋だったが、数日前から真琴は自分の部屋に
帰らなくなっていた。
 日に日に衰弱しつつある真琴は、最近ではほとんどの時間
をベッドの中で過ごしてるのだった。どこか弱々しい寝顔に
胸を締め付けられながら、そっと声をかける。
「真琴、真琴…。ごはんの時間よ」
 真琴は目を覚まさない。だが、秋子は辛抱強く、決して声を
大きくしないで真琴の名を呼び続けた。
「……あぅ」
「…真琴、お昼よ。ごはん、食べないとね」
「……」
 すでに普通に調理した食べ物を受け付けられなくなった真琴の
食事は、まるで離乳食だ。小さなスプーンでほんの少しずつ
すくい取り、真琴の口に運ぶ。
「真琴、さあ」
「……」
 それさえも、もう駄目だった。
 その日から、真琴の食事は哺乳瓶で与えられるミルクだけに
なった。これだけでは、体が持つ筈がない。外部から点滴などで
強制的にでも栄養を補給する必要がある。
(……でも)
 それに意味があるのだろうか。真琴の衰弱は決して病が原因
ではないのだ。今の真琴に、注射針による苦痛を耐えさせるだけ
の意味が……あるのか。
 結局、秋子は点滴を諦めた。
 いつもの食事。とても食事とは呼べない悲しい食事。秋子は
笑顔を絶やさずに、真琴に哺乳瓶を傾けていた。乳首の部分は
新しくしてあったが、哺乳瓶自体は、名雪が小さな頃に使って
いたものだった。幸せだった思い出が秋子の脳裏を横切り、
そして、今を悲しくさせた。
(そうだ……)
 滑稽なことかも知れない。無意味かもしれない。きっと、
自分は愚かしいことをしようとしている。だけど……。
 哺乳瓶をテーブルに置き、秋子はセーターを脱いだ。
そんな秋子にも、全く反応を示さない真琴を抱き寄せ、
ブラを外し、真琴の口先に自らの乳首を当てた。
 初めは何の興味も示さなかった真琴だったが、やや
あって、自然と秋子の乳首を口に含み、いつも哺乳瓶で
そうしている様に吸い出した。
 それは、人が初めて覚える、人の温もりなのだ。
 秋子は真琴の頭をなで、背中をぽんぽんと叩く。安ら
かな笑顔のまま、真琴に決して気づかれないよう、ほんの
一筋、涙を零した。

 それは、正しく、母と子の姿だった。


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